巨大なスピーカーから大音量があふれる。ラブソングを歌う女性歌手の横顔が、スクリーンに大映しになる。サンタクルス島プエルトアヨラ市の中心部。昨年11月の夜、交通事故防止キャンペーンの野外コンサートが開かれた。小さな波止場の前の広場は人、人、人。喧噪(けんそう)は明け方まで続いた。
ガラパゴスは今、深刻な人口爆発に悩む。70年代半ば、約4000人だった諸島全体の人口は88年には1万6000人、現在は3万人に届く勢いだ。観光客の急増が島を「稼げる街」にし、移住者が急増した。
経済発展と環境保護の両立を模索するため、98年に法律が作られた。「ガラパゴス特別法」だ。生態系と生物多様性の保全、その中での持続的開発などを柱とする同法は「ガラパゴス人」を初めて定義した法律でもある。(1)ガラパゴス生まれの人(2)法制定の5年以上前から合法的に住んでいる人(3)両者の配偶者と子供、にガラパゴス人として永住を認める一方、同じエクアドル人でも原則として移住は許されない。
同法には外来種規制や違法漁業対策も盛り込んだ。制定直後の第22回国連教育科学文化機関(ユネスコ)世界遺産委員会で称賛され、危機遺産登録を回避すべしとの勧告も出た。だが法律の効果は続かなかった。
「制定後、特定の利益を誘導する運営がされた。法律が骨抜きにされたんだ」。世界自然保護基金(WWF)ガラパゴスのエリエセル・クルース所長は言う。ガラパゴス国立公園局(PNG)局長として同法制定に奔走し、07年から1年余りはラファエル・コレア現大統領の指名で州知事も務めた。しかし03~05年のルシオ・グティエレス政権は環境相を3度更迭、PNGでもクルース局長を解任し、延べ10人を次々と任命する一方、PNG職員は3分の1に削減した。政治の混乱の中で不法移民は激増。環境保全への取り組みも滞った。
日本の国際協力機構から専門家として派遣され、2年間ガラパゴスに滞在したWWFジャパンの小森繁樹シニアオフィサーは「エクアドルは民主制だが、政治的に不安定で容易に政変が起きる。政争の中で企業などに借りを作り、保全より開発に走る人が指導者になれば、長年の努力が1日で瓦解する」と指摘する。
ガラパゴスの空港に国際線を乗り入れようとする動きが出ている。コレア現大統領は拒否したが、膨大な観光収入を狙う勢力が取って代われば分からない。国際線と一緒に外来生物が入り込み、絶海の孤島だからこそ守られてきた固有の自然の危機は増大する。
ガラパゴスは07年、危機遺産に登録された。クルースさん、小森さんは歓迎している。「危機遺産になることは、国際社会がガラパゴスを見守ること。世界中の人の目が保全の力になる」。クルースさんの言葉は切実だ。 【奥野敦史】
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