ガラパゴス諸島サンタクルス島中央部、クロッカー山(864メートル)の中腹で車を止め、周囲の森を見回した。地元でハイランド(高地)と呼ぶ一帯だ。
眼下の森に、緑が色合いを変える「境界線」が見える。一方はガラパゴス固有種のキクの仲間、スカレシアの森。他方は外来植物の群生。食用のグアバやブラックベリー、牧草のエレファントグラス、マラリアの治療薬になるキナの木など、人間が持ち込んだ植物が固有種を侵食する。その景色は植物の陣取り合戦図のようだ。
チャールズ・ダーウィン研究所植物部門のレイチェル・アトキンソン博士は「ガラパゴス原生植物は約560種。外来植物は900種を超えた」と話す。71年、77種だった外来種は07年には700種。近年は調査のたび大量に新しい外来種が見つかる。諸島全域で数万ヘクタールにわたり分布していたとされるスカレシアは100ヘクタールあまりに減った。
同研究所とガラパゴス国立公園局は、外来植物の駆除を続けている。丁寧に除草剤をまき、キナは1本ずつ幹に傷をつけて薬剤を入れ、根を枯らす。しかし成長は速く、作業は難航する。アトキンソン博士は「植物の種子は土中で20年も生きる例がある。冬眠状態の種子の駆除はさらに困難だ」と表情を曇らせた。
そんな中、植物相を回復する日本発の試みがスタートした。写真家、藤原幸一さん(53)が呼びかけるスカレシアの植林活動だ。一昨年春から、日本人観光客やボランティアがサンタクルス島の同研究所敷地や民有地で始めた。
昨年11月には、国立公園局のレンジャーと地元の高校生が初めて参加。ハイランドの国立公園内での活動も許された。高校生も引率の教師も、外来種のまん延と危険性を全く知らなかった。高校の校長は藤原さんの説明に驚き、植林をカリキュラムに入れると宣言した。「日本人が取り組むのには限界がある。地元の若者が参加し学んでくれた意義は大きい」と藤原さん。現地の行政との協力関係も期待できる。「互いにできることを、持続可能な形で続けたい」と語る。
世界で他に類を見ないガラパゴスの自然。地元の人はそれに誇りを感じ「環境を守っている」という自信を持っている。しかしその自信が過信になる可能性もはっきり見える。
「ガラパゴスは今、とても危うい」とアトキンソン博士は言う。「正確な情報が住民の隅々まで行き渡っていない。誤解や慢心や理解不足がガラパゴスの未来を壊す」。博士は研究所に環境教育の専門家を置くべきだと考えている。「植物、鳥、爬虫(はちゅう)類とかの研究者はいるから、次は人間の専門家」と笑う。
ガラパゴスの環境は激変のさなかにある。崩壊の道をたどるのか、持ちこたえて復活するか。すべては人間がカギを握っている。 【奥野敦史】=おわり
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